最後のポストから1年。
この1年、1年前の私が想像していなかったような日々を過ごしていた。まず、引っ越した。なんと今は大阪に住んでいる。驚いたでしょう、1年前の私よ。
ここ数年続けていた復業生活を脱出した。
翻訳業で忙しくしている。どれくらい忙しいかというと、引っ越したのが今年の1月なのだけど、わりと部屋にこもりきりでまったく友人にも会えてないし実家にも思ったように帰れていない。パンデミックの時と同じくらい、下手したらあの時よりも映画館に行けていない。
素晴らしい作品に携わることができた。
私は本当にラッキーなんだと思う。
ただ、これまでにないほどに自分の未熟さを痛感している。
自分には表現したいことがないんだとじんわり気づくことができた。
人の話を聞くことに残りの人生を費やしたいと考えている。
この数年間は自分の欠点や実力不足がすべての答えだと思っていたけど縁やタイミングという要素も確かにあるのだと思えるようになった。
自分には表現したいことがない…と書いたが、ひとつだけ気になるのが、私と同じ境遇で悩んでいる若い人々の存在だ。もっと言うと無国籍感覚に悩むこどもたち。彼らの心細さそのものをぎゅっと抱きしめて、みんなの話を聞いてあげたいと思うとともに、こんな私の話が参考になるのなら、いくらでも話したいとも思う。
昨年、亡くなる少し前の父親をインタビューしたとき、「40歳のときに2つめの人生が始まった。40前と後じゃ全然違う人生だった」という話をしてくれた。話を聞いてたときは気づかなかったけど、今では私も同じ心境だ。父親の場合は複雑な展開だったけど、私は、こんなにも自分がさっぱりと色んなことを手放せるようになるとは思わなかった。そして、小さいかもしれないけど何かを実現できそうな手応えを、その気配を、とても謙虚な気持ちで向き合うことになるだなんて、自分の人生に、そんなフェーズが来るとは思ってなかった。